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神戸地方裁判所 平成2年(行ウ)20号 判決

原告

宮内清志

原告

村田正巳

原告

大橋一司

右原告ら訴訟代理人弁護士

野田底吾

本上博丈

羽柴修

古殿宣敬

被告

神戸船員地方労働委員会

右代表者会長

大白勝

右訴訟代理人弁護士

大塚明

右被告指定代理人

黒薮武

主文

一  申立人原告ら、相手方日本汽船株式会社間の神戸船地労委平成元年第一号・第二号不当労働行為救済申立事件につき、被告が平成二年五月一五日付でした棄却命令のうち、昭和六三年三月六日から平成二年一月二三日までの間の不当労働行為の救済申立に関する部分を取り消す。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分しその一を原告らの、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告らに対し平成二年五月一五日付でした神戸船地労委平成元年第一・二号不当労働行為救済申立棄却命令を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  棄却命令

(一) 原告宮内清志(以下「原告宮内」という。)、同村田正巳(以下「原告村田」という。)は、平成元年二月一六日に、原告大橋一司(以下「原告大橋」という。)は、平成元年五月一五日に、いずれも訴外日本汽船株式会社(以下「訴外会社」という。)を被申立人として、被告に対し不当労働行為救済の申立(神戸船地労委平成元年第一号、第二号不当労働行為救済申立事件、以下「本件申立」という。)をした。本件申立の趣旨は、別紙「請求する救済の内容」(略)記載のとおりである。

被告は、平成二年五月一五日付で本件申立を棄却する命令をし(以下「本件命令」という。)、右命令書は、同年五月二五日に原告らに送達された。

(二) 本件命令は、訴外会社の行為が労働組合法七条一号所定の不当労働行為を構成するにもかかわらず、事実を誤認し又は法令の解釈を過ってこれを否定した結果によるものであり、かつ違法な審理手続によって行われたものであるから、取消されるべきものである。

2  不当労働行為(実体上の違法)

(一) 当事者

(1) 訴外会社は、自社配乗外航船舶を所有し、外航海運業を主たる業務としている株式会社であり、船主団体である外航中小船主労務協会(以下「中小労協」という。)に加盟していた。

(2) 原告宮内は昭和四三年四月に、原告村田は昭和四四年九月に、原告大橋は昭和三六年七月に、船舶通信士として訴外会社に入社し、訴外会社に勤務している。

(3) 訴外会社には船舶通信士八名(陸上勤務員一名を含む。)が在籍し、うち原告らは船舶通信士労働組合(以下「船通労」という。)に、四名は全日本海員組合(以下「全日海」という。)にそれぞれ所属し、陸上勤務員の一名は非組合員である。

なお、船通労は、無線部定員の削減要求等の船主側の合理化案に好意的な全日海の路線に雇用不安を感じた同組合所属の多数の船舶通信士が昭和四七年に同組合を脱退して結成した船舶通信士で構成される単一職能労働組合である。

(二) 配乗差別とその前後の経過

(1) 船通労と中小労協は、昭和四九年四月一日、「遠洋区域、近海三区に就航する総トン数三〇〇〇トン以上の船舶」について、通信士の定員を二名とする旨の協約を締結した(以下「四九年協約」という。)。右協約によれば、年次有給休暇を含む陸上休暇日数が年間勤務期間(四月一日基準日)に対し九〇日とされている(六二条)。

(2) 運輸省船員局長の私的諮問機関(船主協会、全日海、学識経験者、運輸省の四者で構成)である船員制度近代化委員会(以下「近代化委」という。)は、船員制度近代化を目指し、昭和五五年五月従来の部別制度(航海、機関、通信等)の廃止、船員の共通技能化とそれによる乗組定員の減員を主たる内容とする「仮設的船員像」を設定した。

以後、これを受けて各船主は、在来船から「仮設的船員像」に対応する新しい労務体系を有する近代化船(通信士に限れば、通信長一名のみが無線従事者として乗船する。)への転換を図るべく、近代化実験船を経て、近代化実証船、近代化実用船を順次就航させるようになった。

(3) 訴外会社においても、近代化委の方針に沿って、昭和五八年三月より、「にっぽんはいうぇい」を実験船としたのを始めとして、順次、その所有の船舶を在来船から近代化船に転換していった。

(4) 船通労は、中小労協から昭和五七年三月二六日開催の労使協議会において船員制度近代化への参加要請を受け、近代化委が提示した「仮設的船員像」に対して雇用確保、航海の安全の面から批判的であったもののこれに応じることにし、同年五月一一日の労使協議会で中小労協から提案された船員制度近代化問題について協議するため「近代化特別委員会」(以下「近特委」という。)の設置に合意した。そして、船通労と中小労協とは、同年六月一八日より近特委での協議を開始したが、近特委では船通労の船員制度近代化への協力を巡って見解の一致を見ず交渉は難航した。

(5) 中小労協加盟各社は、中小労協と船通労との間で船員制度近代化問題についての合意ができるまでは船通労所属組合員を近代化船に乗船させることができないとして、近代化船への配乗をしなかった。

他方、近代化委のメンバーである全日海は、近代化船の実験に協力するとともに、中小労協加盟各社は、全日海所属組合員に対し近代化船への配乗をした。そして、中小労協と全日海は、昭和六一年には近代化A実用船について労働協約を締結した。

(6) 船通労と中小労協とは、昭和五七年一二月七日に開催された近特委で中小労協の要請により、船通労所属通信士の近代化船配乗について各社個別交渉が可能であることを確認した(以下「昭和五七年一二月七日付確認」という。)。

また、船通労は、中小労協との交渉が難航していたため、船通労所属通信士の職場確保の点から、近代化船への配乗について昭和五七年一二月七日付確認に基づいて中小労協加盟各社との個別交渉に乗り出すように各分会に指示し、分会と八馬汽船、共栄タンカーとの間においては実質的な個別交渉が行われた。

船通労は、訴外会社に対しても、昭和六一年頃より原告らの近代化船配乗について団体交渉の申し入れをした。

(7) そのうち、中小労協加盟各社は、船通労所属通信士を近代化船へ配乗するには船通労と中小労協との間に近代化船乗船に関する労働協約が必要であり、労働協約が成立しない限り船通労所属通信士を近代化船へ配乗することはできないとの見解を示した。そして、個別交渉による船通労所属組合員の配乗は、船通労の指示ないし容認するところであり、不当労働行為の問題が生じる余地がないのに中小労協加盟各社はその態度を変えず、共栄タンカー等は書面協定締結直前に至って理由もなくこれを拒否して決裂した。

(8) 中小労協と船通労は、昭和六二年四月一日A実用船の労働条件の取り扱いについて左記のとおり約した(以下「昭和六二年四月一日付確認」という)。

組合要求第一〇項(A実用船の労働条件)については、船員制度近代化の今日までの進展の経緯を踏まえて引き続き別途協議し、労使双方、一か月を目途に解決するように努力する。

しかし、一か月経過後も中小労協と船通労はA実用船に関する労働条件について合意に達しなかった。

(9) そこで、船通労は、昭和六二年七月二三日に中小労協と訴外会社を含む中小労協加盟会社一五社を相手方として、関東船員地方労働委員会(以下「関東船地労」という。)に対し、近代化A実用船労働協約締結に関する団交拒否、近代化船乗船差別が不当労働行為に当たるとして救済を求める申立を行い、昭和六三年三月五日に船通労、中小労協、訴外会社を含む中小労協加盟会社間で次の内容の和解が成立した(以下「本件和解」という。)。

申立人(船通労)と被申立人(中小労協)は、昭和六二年四月一日付確認書の精神に基づき、左記事項を十分考慮して自主的に交渉にあたるものとする。

〈1〉 船員制度近代化が新しい船員制度(仮説的船員像)を志向して関係外航船団及び全日海の合意、並びに官の協力のもとに、推進されてきたことかつ、現在推進されていること。

〈2〉 申立人は、前項に鑑み船員制度近代化に参画すること。

〈3〉 被申立人は、過去の経緯に拘泥しないこと。

(10) 中小労協と船通労は、本件和解成立後、直ちにA実用船を含む近代化船乗船勤務に関する労働協約の締結のための交渉を開始した。

船通労は、昭和六一年以来、〈1〉近代化に外から単純に反対するのではなく積極的に参加して行く、〈2〉当面の近代化船乗船条件は全日海と同様でよい、〈3〉ただ通信士の職務確保は船通労の存在基盤そのものに関わるものであるから、将来、近代化が進展していったときの通信士の乗船条件については、海上無線通信に関する国際条約の動向も見ながら中小労協と交渉を継続していく、という方針を表明しており、当時就航していた近代化船については、全日海が締結したのと同じ内容の労働協約を締結したい旨を伝え、更に、近代化委に船員制度近代化に参画する旨の文書を提出するなど近代化船乗船に関する労働協約の締結に向けて種々の努力をした。

これに対し、中小労協は、船通労が本件和解の定めた船員制度近代化に参画していないことを理由として、団体交渉に実質上応じなかった。中小労協は、船通労がした参画の意味の説明要求については曖昧な回答をするのみで、船員制度近代化へ参画せよとの主張を繰り返すだけで、近代化船に関する労働協約の締結を理由もなく平成二年一月二三日まで引き延ばした。

(11) その間、中小労協加盟各社は、労働協約が締結されていないことを理由に、船通労所属通信士に近代化船への配乗をせず、全日海所属通信士を配乗した。そして、船通労所属通信士は、近代化船への配乗を受けるため相次いで船通労を脱退ないし船通労から全日海へ移籍し、船通労は著しく弱体化した。

(12) 訴外会社も同様の取扱いをしたため、原告らは、左記のとおり、全日海所属通信士と比較して長期間の待機状況を余儀なくされた。

イ 原告宮内について

昭和六〇年五月一三日~昭和六一年一月二七日(八か月一五日間)

「第一六とよた丸」(在来船)に乗船

昭和六一年一月二八日~同年一二月二八日(一一か月一日間)

有給休暇員ならびに予備船員として待機

昭和六一年一二月二九日~昭和六二年五月二四日(四か月二六日間)

「春洋丸」(在来船)に乗船

昭和六二年五月二五日~平成元年四月一八日(一年一〇か月二五日間)

有給休暇員ならびに予備船員として待機

ロ 原告村田について

昭和六一年四月二日~同年一二月四日(八か月三日間)

「第一六とよた丸」(在来船)に乗船

昭和六一年一二月五日~平成二年一月九日(三年一か月六日間)

有給休暇員ならびに予備船員として待機

ハ 原告大橋について

昭和六一年九月一五日~同年一二月五日(二か月二一日間)

「はどそんはいうえい」(在来船)に乗船

昭和六一年一二月六日~昭和六三年七月一二日(一年七か月七日間)

有給休暇員ならびに予備船員として待機

昭和六三年七月一三日~平成元年四月一九日(九か月七日間)

「にっぽんはいうぇい」(在来船)に乗船

平成元年四月二〇日~平成二年二月七日(九か月一八日間)

有給休暇員ならびに予備船員として待機

全日海所属通信士が、A実用船等近代化船に乗船した場合、待機中の賃金の他に航海日当、実用船手当、通信長特別手当の支給を受けており、原告らは訴外会社の措置により、右支給を受けられないという不利益を受けることになった。

(13) その後、平成二年一月二三日に至って船通労と中小労協との間で近代化船乗船勤務に関する労働協約が成立し、確認書が交わされた(以下「本件新協約」という。)しかし、この間、船通労に所属する通信士が減少した以外には特に事情に変化は認められなかった。

なお、本件新協約の成立により、訴外会社は、原告らを近代化船に配乗するため準備を開始し、原告らは、近代化船に配乗され得る状態となった。

(14) 訴外会社海務部長郷拓郎(以下「訴外郷」という。)は、訴外会社の船舶の管理・配乗を含めた海事関係、労務関係の責任者である。

訴外郷は、中小労協側交渉委員として、本件和解の前後を通じて本件新協約の成立に至るまで、中小労協と船通労との近代化船乗船に関する労働協約の交渉に携わってきた。

又、中小労協所属各社には、組合ないし組合員と労働条件を交渉するため各社交渉委員会が設けられているが、訴外郷は、訴外会社交渉委員会の会社側委員を務め、訴外会社の船通労ないし船通労所属組合員との交渉に携わってきた者である。

(三) 不当労働行為

(1) 訴外会社ほか中小労協加盟各社は、船通労所属通信士を近代化船へ配乗するには船通労と中小労協との間に右事項に関する労働協約が必要であるとして、近代化船に船通労所属通信士を配乗しない。

しかし、船通労所属組合員を近代化船へ配乗するについては労働協約は必ずしも必要ではなく、個別交渉による配乗について船通労自らが求めているのであるから、不当労働行為の問題の生じないことは明白である。

(2) 仮に、近代化船への配乗について労働協約が必要としても、中小労協は、本件和解成立前は、船通労が船員制度近代化に協力しないことを理由とし、本件和解成立後は、船通労が船員制度近代化へ参画しないことを理由として、労働協約交渉に応じなかった。そして、前記事実によれば、中小労協が主張した船員制度近代化への協力ないし参画の内容は、中身のない空疎なものであった。したがって、中小労協が求めた船員制度近代化への協力ないし参画の要求は、船通労の弱体化を企図して、労働協約の成立を引き延ばし、船通労所属通信士を近代化船へ配乗させないための口実であったと言わざるを得ない。

そして、前記立場にあった郷が、右中小労協の意図を十分に認識していたのは明らかである。にもかかわらず、訴外会社は労働協約のないことを名目にして原告らを近代化船へ配乗しなかった。したがって、訴外会社が、不当労働行為意思をもって原告ら船通労所属通信士に対し、船通労所属の故、配乗差別を行ったものと解するのが相当である。

3  手続上の違法

本件命令には、訴外会社が主張もしていない事項を中心に判断した手続上の違法がある。

(一) 労働委員会が行う救済申立の審理手続は、労働組合法(以下「労組法」という。)、船労委規則に基づくが、これらの法令に定めがない場合には、労働委員会制度の趣旨に反しない限度で、一般的に民事訴訟法の手続を類推適用している。労組法等に特別の定めのない限り、労働委員会の審理も弁論主義に基づいて行うのが、私人間の紛争処理として一般的に合理的だからである。仮に弁論主義がストレートに適用されないとしても、審理に重要だと思えば、労働委員会は当事者に釈明を求め、主張を引き出すなどして審理を進めるのが、私的紛争の処理にあずかる機関の責務である。

(二) しかるに、被告は、本件申立の審理を弁論主義に基づいて進めながら、本件命令では、訴外会社が主張もしていないことを中心に判断を行った。

(1) 被告は、本件和解により同日前の訴外会社の措置は解決済だと判断するが、労働委員会の審理において、この点について訴外会社は何ら主張をしていないし、被告は原告に対し全く釈明をせず、反論の機会を与えなかった。

(2) また、被告は、近代化船乗船は中小労協と船通労との労働協約の締結が先決事項である、異種労働を認めない原告ら船通労所属通信士の態度こそ原告らが乗船できない原因である(所謂「自業自得」論)と判断するが、この点も(1)と同様の問題がある。

(3) 更に、被告は、右(1)、(2)の主張に沿う証拠を収集するため、極めて職権的に調査を進め、その調査の結果を証拠にして右(1)、(2)の事実を無理やり認定した。

以上のように、被告の審理には手続上の違法がある。

4  まとめ

以上のとおり訴外会社が原告らに対して行った待機命令、配乗差別は、少なくとも原告宮内との関係では、昭和六二年五月三一日から四九年協約の九〇日の陸上休暇日数を過ぎた昭和六二年九月一日から、原告村田との関係では昭和六一年一二月上旬から同九〇日を過ぎた昭和六二年四月一日から、原告大橋との関係では昭和六一年一二月上旬から同九〇日を過ぎた昭和六二年四月一日から、いずれも、原告らが船通労所属通信士であることを理由としてなされた差別的取扱であり、労働組合法七条第一号該当の不当労働行為である。したがって、被告は、本件申立を認容し救済命令を発すべきところ、不当労働行為を認めず本件申立を棄却した。また、被告の本件申立の審理には、前記のとおり手続上の違法がある。よって本件命令は違法なものであるからその取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)は認め、1(二)は争う。

2  同2(一)、2(二)(1)、(2)、(3)、(5)、(8)、(9)、(12)、(14)(但し、(2)(一)(3)のうちの船通労の結成経過を除く。)は認める。

3  同2(二)(4)について

中小労協が、昭和五七年三月二六日開催の労使協議会において、船通労に対し船員制度近代化への参加要請をしたこと、船通労が同年五月一一日中小労協との間で船員制度近代化問題について交渉するため近特委の設置を合意し、同年六月一八日より右委員会での協議を始めたこと、近特委では船通労の船員制度近代化への協力を巡って見解の一致を見ず交渉は難航したことは認め、その余は不知。

4  同2(二)(6)について

船通労が近代化船への配乗について中小労協加盟各社との個別交渉に乗り出し、分会と八馬汽船、共栄タンカーとが実質的な個別交渉を行なったこと、訴外会社に対しても、昭和六一年頃より原告らの近代化船配乗について団体交渉の申し入れをしたことは認める。

船通労と中小労協とは、昭和五七年一二月七日に開催された近特委で、中小労協の要請により、船通労所属通信士の近代化船配乗について各社個別交渉が可能であることを確認していたとの点は否認する。船通労が、各分会に対し個別交渉するように指示したことは不知。

5  同2(二)(7)について

個別交渉による船通労所属組合員の配乗は、船通労の指示ないし容認するところであり、不当労働行為の問題が生じる余地がないとの点は否認してその余は認める。

6  同2(二)(10)について、

中小労協と船通労が本件和解成立後直ちにA実用船の乗船に関して団体交渉を開始したこと、A実用船に関して無線以外の業務について全日海が締結したのと同じ内容の労働協約を締結したい旨を伝えたこと、船通労が近代化委に船員制度近代化に参画する旨の文書を提出したこと、中小労協が「船通労が船員制度近代化に参画を果たしていない」旨主張したこと、中小労協と船通労との間に近代化船に関して労働協約が成立しなかったことは認め、その余は否認する。

7  同2(二)(11)について

中小労協加盟各社が労働協約が締結されていないことを理由に、船通労所属通信士に近代化船への配乗をせず、全日海所属通信士を配乗したことは認め、そのため船通労所属通信士が相次いで船通労を脱退ないし船通労から全日海へ移籍し、船通労が弱体化したことは不知。

8  同2(二)(13)について

船通労と中小労協との間で平成二年一月二三日に本件新協約が成立したこと、本件新協約の成立によって訴外会社が原告らを近代化船に配乗する準備を行い、原告らが近代化船に配乗され得る状態になったことは認め、その余は不知。

9  同2(三)は争う。

10  同3、4は争う。

三  被告の主張

1  不当労働行為について

(一) 本件和解成立前について

本件和解の内容は、単に近代化A実用船のみに触れたものではなく、全近代化船、即ち船員制度近代化の全てにわたるものであることは、その文面により明白である。したがって、本件和解成立の時点において、船通労と訴外会社との間のA実用船を含む全ての近代化船に関する労働協約締結についての団交拒否及びそれによる船通労所属通信士の近代化船への配乗差別を理由とする船通労の不当労働行為救済の申立は、すべて解決した。

原告ら船通労所属組合員は、船通労が結んだ本件和解内容を尊重し、遵守しなければならないから、原告らの近代化船への配乗差別を理由とする不当労働行為救済の申立も、本件和解により解決したものと解すべきである。

(二) 本件和解成立後について

(1) 配乗と労働協約の成立について

昭和四九年協約は近代化船に適用されず、船通労と中小労協及び訴外会社との間には近代化船に関する労働協約は締結されていない。

ところで、日本の船員労働関係においては、いわゆるユニオン・ショップ制度が採用されており、労働条件等については、まず、組合(全日海、船通労)と船団側(中小労協、外航船主労務協会)との間に労働協約が締結され、これに基づき個々の船主と船員との間の従前の労働契約が協約内容に沿って変更されるというのが、四九年協約を含めて従前の中小労協と船通労との間の取り扱いであった。

中小労協規約四条は、労働条件について中小労協に交渉権限を認めているが、これは右のような取り扱いを前提としたものである。

また、四九年労働協約三三条は、船通労と中小労協との間に設けられた交渉委員会が組合員の労働条件等について交渉、協議することを定めており、同三六条において、各社交渉委員会は、成立した協約の実施等について交渉・協議することとされている。したがって、船通労と中小労協においても、組合員の基本的な労働条件の取り決めは船通労と中小労協との間でまず取り決めることが予定されていたのである。

それ故、中小労協加盟各社は、労働組合との協約締結なしに雇用契約を締結したり、内容を変更したりすることができず、船通労所属通信士を訴外会社の近代化船に配乗させるには、まず近代化船に関して船通労と訴外会社が加盟している中小労協との間で近代化船に関する労働協約が締結されなければならないのである。

(2) 船員制度近代化について

近年、船舶の設備・装置の技術的進歩、技術革新により、従前五〇人程度で動かしていた大型船舶であっても事実上十数人で動かすことが技術的に可能となってきた。

ところが、船舶運航の人的組織の方は、明治以来、英国の船員制度に倣い、上下関係は職員と部員、横の関係は甲板部、機関部、無線部、事務部の部別制がそれぞれ採用されており、船舶の設備・装置の技術的進歩、技術革新に対応せず、人的組織の見直しが必要となってきた。更に、近年、日本の外航海運の国際競争力の低下が問題となっており、その観点からも、人的組織の見直し、合理化が必要となってきたのである。

船員制度近代化とは、右船舶の設備・装置の技術的進歩、日本の外航海運の国際競争力の低下に対応するための、従来の船員制度の見直しを指す。その中核となるのは、船員の技能共通化、各種船舶事務に対する多能化である。

近代化委は、その具体像として「仮設的船員像」を設定し、従来の部別制度及び職員・部員といった横縦割の制度を廃止し、船員の技能共通化、各種船舶事務に対する多能化を図るため、各種船舶事務を総合化した資格制度による船舶運航の人的組織の合理化を提唱した。

(3) 近代化船について

近代化船は、「仮設的船員像」に対応するのに必要な船舶設備、船内労務体系を有する船舶であり、従来の船舶(在来船)と区別する用語として使用されている。

近代化船は、船員制度近代化の中でA段階、B段階、C段階へとステップアップし、第三次実験をへて、パイオニアシップを目指すものであるから、各段階の船舶は、それ自体で完結するものではなく、常に進歩発展を遂げることを目指す意味で不可分一体的なものであり、たとえ、実用化船と言えども、それぞれの段階で確定した労務体系を有するものではない。即ち、ある特定の段階にある近代化船は、確定した労務体制を持つ船舶として捉えることは困難であり、船員制度近代化を志向し、変化を遂げつつある船舶である。

(4) 船通労と中小労協の交渉の経過

船通労は、本件和解後も中小労協との交渉(和解後の昭和六三年七月五日に設置された近代化問題交渉委員会(以下「近交委」という。)等における)において、異種労働を認めない態度を堅持しつつ、実用船は実験が終了した船舶であるから、確定した労務体制を持つ船舶であり、近代化A実用船に関してのみ労働協約の締結を要求し続けた。

これに対し、中小労協は、船員制度近代化は船員の共通技能化を核としており、異種労働の容認を予定していること、そして、近代化船は常に次の段階に移行する可能性を持っており、実用船といえども例外でないこと、したがって異種労働を認めない態度を堅持しつつ、近代化船に乗船するのは船員制度近代化の趣旨に反するし、近代化船のステップアップ計画に重大な支障をきたすおそれが大きいことを指摘し、近代化A実用船のみに関して労働協約の締結はできないとの見解を主張し続けた。

また、中小労協は、右主張に加えて船通労が本件和解〈2〉の船員制度近代化への参画を行うように求めた。なぜなら、船員制度近代化において、労働側のある程度の協力、協調が不可欠であるからである。元来、船員制度は、性質上ある一定の現実の取扱を法制化したものが多く、船員制度近代化計画においても、実験、実証、実用等を通じて実務に定着した取扱、労務体系を後に法制化していくことが予定されていたからである。

ところで、船員制度近代化への参画とは、多義的な言葉ではあるが少なくとも、船員制度近代化の趣旨を理解するとともに、近代化船のステップアップ計画全体に協力・協調して一緒に取り組む姿勢・態度を意味するものと解され、それは客観的に明らかにされなければならない。

船通労は、本件和解後、近代化委に「参画」の表明をするなどしたが、他方において、船員制度近代化の要である異種労働を認めない態度を堅持し続けた。そして、船通労が近代化に従前、激しく反対していたことを考え合わせると、中小労協が船通労の船員制度近代化への参画に疑問を持ったことは止むを得ないことである。

以上の事情により、両者の歩み寄りは容易でなく、昭和六三年一二月二七日第五回近交委において交渉が中断し、本件申立に至るまで交渉は中断したままであった。

(5) 訴外会社の対応

前記のとおり、船通労所属通信士を近代化船に配乗するには、まず船通労と中小労協との間で近代化船に関する労働協約の締結を要するため、訴外会社は、船通労と中小労協との交渉の推移を見守るしかなかった。

(6) 本件申立中の即時配乗の救済の請求について

原告らは、本件新協約の成立によって、全日海所属通信士と同等の取扱いで、近代化船に乗船できる状態となった。したがって、本件申立中の即時配乗の救済命令の請求は、既に解決している。

(三) 不当労働行為についてのまとめ

訴外会社が原告らを船通労所属の故を以て近代化船に配乗しなかったのは、船通労が本件和解で定めた船員制度近代化への参画をしなかったことにより労働協約の成立が遅延したためであって、止むを得ないことであり、訴外会社に不当労働行為があったとすることはできない。

2  手続の適法性について

(一) 被告は、調査・審問において、本件命令の基礎とした事実関係すべてに言及しており、訴外会社が主張もしないことを中心にして判断したことなどないことは審査記録から明らかである。

(二) また、船員地方労働委員会を含む労働委員会の不当労働行為審査手続は、一応労使双方の当事者対立の構造をとっているが、公益的ないし後見的機能を旨とする行政処分の性質上、通常の民事訴訟におけるような厳格な弁論主義―判断の基礎となる主要事実は当事者の主張がなければ審理採用できないとする所謂狭義の弁論主義―は妥当しないものと解されるし、これを採用したものと解すべき成文法上の根拠もない。労働委員会としては、救済命令を発するに当たり、その結論に影響を及ぼすと考えられる事実については、当事者の主張立証の有無にかかわらず職権によってもこれを審理し、その結果認定し得た事実を総合判断して妥当な結論を得べきものであるからである。

したがって、原告らのこの点の主張は理由がない。

3  まとめ

以上によれば、本件申立を棄却した被告の処分は適法である。

四  原告らの反論

1  配乗と労働協約の成立について

四九年労働協約三三条は、船通労、中小労協間に設けられた交渉委員会が組合員の労働条件等について交渉・協議することを定めているが、訴外会社を含む中小労協加盟各社の交渉権限を否定した規定はない。そもそも、中小労協加盟各社は、使用者そのものであるから労働条件に関して交渉権限を有するのは当然であり、右三三条は、交渉権限を中小労協に専属させたものではなく、本来、交渉権限を有しない船主団体に交渉権限を付与したに過ぎない規定と理解すべきである。そして、四九年労働協約三六条の各社交渉委員会の交渉・協議事項に関する定めも労働協約が成立した場合の措置を定めた規定に過ぎない。また、被告は、中小労協規約四条の規定を問題にするが、中小労協規約は、船主団体内部の取り決めであるから、これをもって船通労に対抗できない。

したがって、訴外会社が個別交渉によって船通労所属通信士を近代化船に配乗することを妨げる法的根拠はなく、訴外会社が労働協約のないことを理由として配乗しないのは法的には理由がない。

2  近代化船に関する労働協約交渉における船通労の対応

(一) 船通労は、当初、近代化委が中心となって進めている船員制度近代化・近代化船の導入に対し批判的ないし反対の態度を取っていたが、日本海運業界が抱えている問題の解決及び船通労組合員の職場確保の観点から、船員制度近代化及び近代化船の導入もある程度は止むなしとの判断に達し、昭和六一年頃から船員制度近代化・近代化船に対する方針を大きく転換した。

船通労は、昭和六一年三月から五月にかけて、船員制度近代化に積極的に参加していくことを大会で決議するなどして、組織として船員制度近代化に参加する姿勢を示し、一時中断していた近特委での交渉再開の申し入れをした。

船通労は、昭和六二年一月三一日、近代化A実用船の乗務に関する労働協約の締結を申し入れ、本件和解成立後は、更にA実用船を含む近代化船の乗船勤務に関する労働協約の締結交渉の申し入れをした。

(二) これらの交渉を通じて、船通労は、中小労協に対し、法律上禁止されていない限りで、全日海と同じ条件・内容の異種労働を受け入れることをしばしば表明してきた。にもかかわらず、中小労協は、「船通労は異種労働を認めない。」などとして、交渉を拒否してきた。

3  船通労がA実用船のみの労働協約の締結に固執したとの主張について

(一) 船員制度近代化は、理念的には仮設的船員像に向けてステップアップしていく近代化船という概念を予定しているが、個々の近代化船そのものに関して見ると、必ずしも同一の船舶がA段階、B段階、C段階へと当然ステップアップするものではない。また、A、B、Cの各段階の近代化船は、各段階に相応しい船内設備を有しているに止まり、ステップアップする(実験船として就航する場合も含む。)には船内設備を再整備しなければならない。すなわち、近代化船といえども、基本的には、A、B、Cの各段階の船舶としてその限りで完結し、確定した労務体系を有するものである。

したがって、労働組合が各段階の実用船の乗船に関して労働協約の締結を求めることは別に近代化船の概念に反しない。現に全日海と中小労協とは、昭和六一年六月にA実用船の乗船に関する労働協約を締結している。

(二) 船通労は、前記のとおり本件和解成立後、A実用船を含む近代化船の乗船勤務に関する労働協約の締結交渉の申し入れをしたから、A実用船のみの労働協約の締結に固執したとの主張は理由がない。

4  船通労が異種労働を認めないとの主張について

(一) 本件紛争時の通信士の職務

本件紛争時の通信士の職務については、昭和四九年の「海上における人命の安全のための条件(International Convention for the Safety of life at Sea〔一九七四年〕略称、SOLAS(ソーラス)条約)」を国内法化した電波法の規制があり、遭難船舶を救助するという目的から無線局運用時間(六三条)、通信長の配置等(五〇条)、聴取義務(六五条)などが厳格に規制されていた。そのため、近代化船がC段階に入った時点でも通信長の共通技能化は今後の課題として見られており、平成四年二月から無線の自動化、無人化を進める全世界的な海上遭難安全システム(Global Maritime Distress and Safety System略称、GMDSS、以下「GMDSS」という。)が段階的に導入されるに伴い、運輸省海上安全船員教育審議会がようやく平成二年九月から「通信士の他職務兼務と資格取得の方法」について審議を始めたにすぎない。

(二) 本件紛争時、訴外会社における近代化の進行と通信士の職務

本件紛争時、訴外会社において就航していた近代化船はC段階までであった。これらの近代化船において甲板部や機関部の職務内容は相当程度共通技能化が進められていたが、通信長の職務内容は在来船の内容と殆ど変わらないものであった。

C段階の近代化船までにおいて、船橋当直作業等の異種労働を通信士たる資格を有する者が行うには、通信士資格を有していた者が新たに運航士の資格を取得し、かつ通信長としてではなく運航士として乗船した場合に初めて許されることになるのである。つまり、通信長が船橋当直作業等の異種労働を行うことは法律上禁止されており、全日海所属の通信長も、勿論右業務を行っていない。

(三) 船通労所属通信士は、従来から異種労働の一種である出入国の事務等の船内事務を行ってきたし、C段階の近代化船までにおいて、通信長が船橋当直作業等の異種労働を行うことはできず、全日海所属の通信長も、右業務に携わっていないのであるから、「船通労は異種労働を認めない。」という主張は内容のない主張である。したがって、中小労協が「船通労は異種労働を認めない。」から労働協約を締結できないと主張するのは船通労所属通信士を配乗させないための中小労協の口実という外ない。

5  本件紛争時の訴外会社における原告らの態度

原告らは、船通労所属組合員が一般的に行っていた出入国の事務等の船内事務を行ってきたし、訴外会社に対し、A実用船に乗船した場合には全日海が締結した労働協約の範囲内で異種労働を行う意思がある旨度々、表明してきた。にもかかわらず、訴外会社は、中小労協の意図を知りつつ、労働協約のないことを理由に配乗しなかったのであるから被告の主張は理由がなく、訴外会社の配乗差別は不当労働行為である。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、それらを引用する(略)。

理由

(棄却命令)

請求原因1(一)は当事者間に争いがない。

(不当労働行為について)

一  請求原因2(一)(但し、(3)のうちの船通労の結成経過を除く。)は当事者間に争いがない。

二  訴外会社が、全日海所属通信士を訴外会社の近代化船に配乗したのに対し、原告らを本件新協約が成立するまで近代化船へ配乗しないという差別的取扱いをしたこと、右取扱いにより原告らが請求原因2(二)(12)記載のとおり長期間の待機をしたこと、全日海所属通信士が近代化船に乗船した場合、航海日当手当、実用船手当、通信長手当の支給を受けていたことは当事者間に争いがない。

三  そこで、訴外会社の右差別的取扱いが不当労働行為にあたるか否かを検討する。

1  船員制度近代化について

請求原因2(二)(1)、(2)は当事者間に争いがなく、(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

(一) 近年の船舶装置の急激な技術的進歩及び日本海運業界の国際競争力の低下に対応するため、日本海運業界は、船員制度の改革(以下「船員制度近代化」という。)を迫られることとなった。

昭和五二年四月、運輸大臣の私的諮問機関として「船員制度近代化調査委員会」が設置され、同委員会は、船員制度近代化の基礎的調査を行い、昭和五四年三月、従来の船員制度を改革した船舶(近代化船)の実験導入及び実験導入にあたっては官、公(学識経験者)、労、使一体の合意の下に独立の機構を設置し、右独立機構によって実験導入の推進を行うべき旨の提言をした。

昭和五四年四月、右提言を受けて近代化船の実験導入を推進する機関として近代化委が運輸省船員局長の私的諮問機関という形で発足した。近代化委は、運輸省(船員局)、全日海、外航船主団体(外航船主労務協会、中小労協)、学識経験者の四者で構成され、近代化委の下で、実験船による基礎実験、総合実験等が進められることになった。

なお、船通労は、当時船員制度近代化に対して雇用の面から問題があるとして批判的かつ反対の態度を取っており、また運輸省は船通労に対して参加要請をしなかった。

(二) 近代化委は、昭和五五年五月、快適な労働環境の下に少数精鋭の日本船員による船舶の運航を目指し、あるべき船員像を「仮設的船員像」として設定した。仮設的船員像は、「将来の目標としての仮設的船員像」と、現在の船員制度を「将来の目標としての仮設的船員像」に向けて段階的に移行させるための「移行過程としての仮設的船員像」から成る。

将来の目標としての仮設的船員像は、船内組織としては職員、部員といった階層的な上下の区分及び甲板部、機関部、無線部、事務部といった縦割りの職務区分を廃止し、現在の船長に対応する統括管理者の下に、船舶の運航業務を担当する「運航部門」及び船内での生活・サービス業務を担当する「生活部門」を置くこととし、運航部門は、船舶運航に必要な各航海技術分野(航海・運航系、機関・電機系、電波・電子系等)毎の管理者と運航部門管理者以外の者から成る運航・整備チームからなり、生活部門も管理者と生活庶務チームからなる。

資格制度としては、運航部門を例にとると、運航部門各技術分野(航海・運用系、機関・電機系、電波・電子系等)に関してそれぞれの技術分野に限定して就業できる資格要件としての従業証書を基本とする新しい資格制度を採用するなどを内容とする。

移行過程としての仮設的船員像においては、「甲板部」と「機関部」との職務区分の見直しを行い、部員層については、甲板部員、機関部員としての専門技能の他に当直を中心とする共通技能をも有する「船舶技士」体制とし、職員層についても反対部の当直業務をも行い得る「運航士(近代化船において当直業務を中心とした職務を行うことができる新しい船舶職員)」化を三等航海士、三等機関士レベルの下級職員から上級職員へ順次進めることとしており、進歩状況に応じてA、B、Cの三段階が設けられている。

そして、A、B、Cの各船員像に対応する設備を有する近代化船において、それぞれ、「総合実験(実験船)」、「実証実験(実証船)」、「実用実験(実用船)」を行い、それぞれの実験の結果を検証評価し、臨機応変に移行過程としての仮設的船員像を修正しつつ実験を進めていく方式を取ることが示された。

実験船、実証船は近代化委の下で実験が実施されるものであり、実用船は近代化委の下を離れ、広く実用に移すこととされた船舶である。

(三) 具体的に、右実験及びステップアップは、近代化委の指導の下に、全日海と中小労協、外航船主労務協会との合意で進められ、実用船を除く近代化実験船の乗組員の労働条件については、全日海と中小労協、外航労務協会との確認書で定めることとされ、原則的に実験及びステップアップの度に確認書を交わす形が取られた。

昭和五六年二月からA段階総合実験が行われ、近代化委は、昭和五六年一〇月、実験の評価と移行過程の推進等について「船員制度近代化に関する提言(第一次)」を行い、右提言を踏まえ、昭和五七年B段階総合実験を開始し、昭和五八年A段階実証実験を開始した。

近代化委は、昭和六〇年一〇月、A段階実証実験、B段階総合実験の結果を踏まえ、「船員制度近代化に関する提言(第二次)」を行い、右提言により昭和六一年七月からB段階実証実験、C段階総合実験を行い、更に昭和六一年五月一九日に全日海と中小労協、外航労務協会はA実用船について労働協約を締結し、A実用船が就航した。

なお、右の各段階、各種実験計画はすべての船種を対象として基本的に同一の内容で実施していくものであり、実験には、かなりの期間を要することが予想された。

昭和六一年に入ると急激な円高による日本海運の国際競争力の低下に緊急に対応するため、近代化委は、右実験と並行して、船種による船内業務の相違を考慮して可能と思料される船舶に関して、船内労務体制、就労体制の見直しを行い、段階的ステップアップを踏むことなく、最も効率的な船舶(パイオニア・シップ)を目指した実験を計画し(パイオニア・シップ実験計画)、右実験は昭和六二年一月から開始された。

また、近代化委は、ビジョン委員会を設置(昭和六一年四月)して船員制度近代化の将来ビジョンの検討を進め、その結果を「今後の船員制度近代化実験の進め方について」としてまとめ、その中で「当面の目標としての仮設的船員像」を設定した。

近代化委は、昭和六三年六月「今後の船員制度近代化実験の進め方について」、C段階総合実験、「B段階実証実験のまとめ」及びパイオニア・シップ実験の内容を踏まえて「船員制度近代化に関する提言(第三次)」を行った。

右第三次提言に基づき、「当面の目標としての仮設的船員像」に沿った実験、C段階実証実験、B段階実用実験が開始され、平行してパイオニア・シップ実験が推進されることになった。

(四) この間、昭和五七年四月、「船員の訓練と資格証明及び当直維持の基準に関する国際条約(略称STCW条約)」の批准に合わせて、船員法及び船舶職員法が改正され、船舶職員中、甲板部、機関部の航海当直を主たる職務として行う運航士を、船舶の設備、甲板部、機関部の航海当直をすべき部員として船舶技士をそれぞれ法制化した。

更に、昭和六一年に船員法及び船舶職員法が改正され、甲板部、機関部の航海当直をすべき部員の定員関係、近代化船の設備に関する基準、近代船に乗り込む船員の要件が明定化された。

(五) 右A、B、C各段階の実験は、主として、近代化船における甲板部、機関部の技能共通化を目的として実験が進められ、甲板部、機関部の技能共通化が法制上もかなり進んだ。

これに対し、無線部関係では、通信士一名が通信長として乗り込む形となり、通信士の乗船が二名から一名に削減する実験がされたものの、電波法等の制約のため通信長の業務を他の者が代替することはできず、通信長は、主に通信業務に従事し、通信長の通信業務を他の者がどのようにして補助することが可能かが実験されることとなった。したがって、通信長が他の業務に従事する実験は殆ど行われなかった。

そして、C段階の実験に入っても通信長の共通技能化は今後の課題とされ、平成四年二月からのGMDSSの運用開始に向けて、ようやく運輸省海上安全船員教育審議会が平成二年九月から「通信士の他職務兼務と資格取得の方法」について審議を開始した。

2  訴外会社における近代化船の就航経過

(証拠・人証略)を総合すると以下の事実が認められる。

訴外会社の近代化船として就航し、或いはしていたものとして「にっぽんはいうぇい」、「あんですはいうぇい」、「春栄丸」、「せんちゅりーはいうぇい1」、「せんちゅりーはいうぇい3」、「とらんとはいうぇい」の五隻があり、それらの近代化船は概ねステップアップに障害(例えば、売船)のない限り次のとおり、ステップアップした。

「にっぽんはいうぇい」は昭和五八年三月二一日にA実証実験船となり、昭和六一年六月三〇日にA実用船として就航し、昭和六三年五月三〇日に売却された。

「あんですはいうぇい」は昭和五九年一〇月三一日にA実証実験船となり、昭和六一年六月三〇日にA実用船として就航し、昭和六二年一一月一八日に売却された。

「春栄丸」は昭和六〇年七月一六日にA実証実験船となり、昭和六一年六月三〇日にA実用船として就航し、昭和六二年四月二九日裸貨船とされた。

「せんちゅりーはいうぇい1」は昭和五九年一二月二三日にA実証実験船となり、昭和六一年八月二日にA実用船、昭和六一年八月二九日B実証実験船、昭和六三年七月一日B実用船として就航した。

「せんちゅりーはいうぇい3」は昭和六一年七月一三日にA実用船となり、昭和六二年一月二五日にB実証実験船、昭和六三年七月二〇日にB実用船として就航した。

「とらんとはいうぇい」は昭和六二年一〇月二一日にB実証実験船、昭和六三年七月一日にB実用船、平成元年五月三〇日にC実証実験船として就航した。

3  配乗と労働協約との関係

船通労が、船通労所属通信士のA実用船配乗に先立ち、中小労協に対しA実用船に関する労働協約の締結を要求していたこと、船通労と中小労協とは平成二年一月二三日、本件新協約を締結したことは当事者間に争いがない。右争いのない事実に加えて、(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

従来、中小労協加盟各社は、中小労協に対し加盟各社の船通労所属通信士の労働条件に関する交渉・労働協約締結の権限を付与してきた。それに応じて、船通労所属通信士の労働条件は、船通労と中小労協とが交渉して、一年毎に締結する労働協約によって定められ、中小労協加盟各社は、右労働協約で定められなかった各社特有の事項ないし細目的事項について加盟各社の各社交渉委員会で船通労所属通信士と交渉し、船通労所属通信士の労働条件の改定をしてきた。

船通労は、所属通信士のA実用船配乗に際しても右取扱にならい、中小労協に対しA実用船に関する労働協約の締結を執拗に要求し、船通労と中小労協とは平成二年一月二三日、本件新協約を締結し、中小労協は船通労所属通信士を各社のA実用船を含む近代化船に配乗するようになった。

右によれば、従来から船通労所属通信士の労働条件は、原則として船通労と中小労協との間で締結した労働協約により定まる取扱がされ、中小労協加盟各社は、自社船舶等に右労働協約の定めた労働条件により船通労所属通信士を配乗してきたものと認められ、船通労、同所属通信士、中小労協及び中小労協加盟各社とも、中小労協加盟各社と各社船通労所属通信士との労働条件の改定は、従前から船通労と中小労協との間の労働協約の締結によって行うという方法がとられてきた。

4  原告らに対する差別的取扱いに至る経緯

請求原因2(二)(1)、(3)、(5)、(8)、(9)、(12)、(14)は当事者間に争いがない。また請求原因2(二)(4)のうち、昭和五七年三月二六日開催の労使協議会において、船通労に対し船員制度近代化への参加要請をしたこと、船通労が同年五月一一日中小労協との間で船員制度近代化問題について交渉するため近特委の設置に合意し、同年六月一八日より右委員会での交渉を始めたこと、近特委では船通労の船員制度近代化への協力を巡って見解の一致を見ず交渉は難航したこと、同2(二)(6)のうち、船通労がA実用船等近代化船への乗船について中小労協所属各社との個別交渉に乗り出し、分会と八馬汽船、共栄タンカーとの間で実質的な個別交渉が行われたこと、訴外会社に対しても昭和六一年頃より原告らの近代化船配乗についての団体交渉の申し入れをしたこと、同2(二)(10)のうち、船通労が本件和解成立後直ちに中小労協に対し、A実用船の乗船に関して団体交渉の申入れを行い、A実用船に関して無線以外の業務について全日海が締結したのと同じ内容の労働協約を締結したい旨を伝えたこと、船通労が近代化委に船員制度近代化に参画する旨の文書を提出したこと、中小労協が「船通労が本件和解で定めた船員制度近代化に参画を果たしていない」旨主張したこと、船通労と中小労協間に近代化船に関して労働協約が成立しなかったこと、同2(二)(11)のうち、中小労協所属各社は船通労所属通信士を配乗しなかったこと、同2(二)(13)のうち、平成二年一月二三日、船通労と中小労協との間で本件新協約が成立したことは当事者間に争いがない。(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 中小労協は、昭和五七年三月二六日開催の労使協議会において、船通労に対し船員制度近代化への参加要請を行い、船通労は、右参加要請に応じて、昭和五七年五月一一日中小労協との間で船員制度近代化問題について交渉するため近特委の設置を合意し、同年六月一八日より右委員会での協議を始めたが、近特委では船通労の船員制度近代化への協力を巡って見解の一致を見ず交渉は難航した。

中小労協所属各社は、船通労所属通信士を近代化船に配乗しない措置を取った。

中小労協と全日海とは、昭和六一年五月一九日、A実用船に関して労働協約を締結した。

船通労は、近代化船のステップアップの実験について、非協力的な態度を取り続けていたが、A実用船については、実用船は確定した労務体系を有する船舶であることを理由として、中小労協に対しA実用船に関する労働協約の締結を求めた。これに対し、中小労協は、近代化船はステップアップが予定されたものであり、実用船も近代化実験の一環をなしているからA実用船についてのみ労働協約の締結を行うことはできない、A実用船について労働協約を締結するには前提として近代化実験のステップアップに協力するとともにステップアップ実験の労働条件についても合意することが必要であると主張したが、船通労は、近代化実験のステップアップに協力するかどうか態度を明確にしなかった。そのため、中小労協は、A実用船に関する労働協約の締結交渉の要求に応じなかった。

(二) 他方、船通労は、船通労所属通信士の職場確保のため、各分会を通じて近代化船一般に関する配乗について中小労協加盟各社との個別交渉に乗り出し、八馬汽船、共栄タンカーとはかなり交渉が進んだ。

そして、訴外会社に対しても、昭和六一年頃より近代化船一般について配乗について団体交渉の申し入れを行い、原告らは、訴外会社に全日海所属通信士と同じ労働条件でA実用船を含む近代化船に乗船したい旨伝えた。

八馬汽船、共栄タンカーを含む中小労協加盟各社は、各分会の個別交渉による近代化船配乗の申し出に対し、船通労中央が、A実用船についてのみ労働協約の締結を求め、以降のステップアップ実験について協力しない姿勢を示していることと各分会が近代化船一般について配乗を求めている個別交渉との関係が不明確であり、船通労所属通信士を個別交渉により配乗すると労使間に様々な問題が生ずる恐れが大きいこと、船通労所属通信士を近代化船へ配乗するには船通労と中小労協との間に近代化船の乗船勤務に関する労働協約が必要であり、労働協約が成立しない限り船通労所属通信士を近代化船へ配乗することはできないとの見解を示し、訴外会社も同旨の回答をした。これに対し、各分会は、各分会による個別交渉と船通労中央との見解との関係について十分な説明ができなかった。そのため中小労協所属各社は、船通労所属通信士を近代化船へ配乗しない措置を継続した。

(三) 中小労協と船通労は、昭和六二年四月一日、A実用船の労働条件の取扱について左記の内容の昭和六二年四月一日付確認書を交わした。

組合要求第一〇項(A実用船の労働条件)については、船員制度近代化の今日までの進展の経緯を踏まえて引き続き別途協議し、労使双方、一か月を目途に解決するように努力する。

その後、一か月経過後もステップアップの実験について、船通労は態度を明確にせず、中小労協と船通労は近代化A実用船に関する労働条件について合意に達しなかった。

(四) 船通労は、昭和六二年七月二三日に中小労協と訴外会社を含む中小労協加盟会社一五社を相手方として、近代化A実用船労働協約締結に関する団交拒否、近代化船乗船差別は不当労働行為であると主張して、関東船地労に救済を求める申立を行い、昭和六三年三月五日に船通労、中小労協、訴外会社を含む中小労協加盟会社間で左記内容の本件和解が成立した。

申立人(船通労)と被申立人(中小労協)は、昭和六二年四月一日付確認書の精神に基づき、左記事項を十分考慮して自主的に交渉にあたるものとする。

〈1〉 船員制度近代化が新しい船員制度(仮説的船員像)を志向して関係外航船団及び全日海の合意、並びに官の協力のもとに、推進されてきたことかつ、現在推進されていること。

〈2〉 申立人は、前項に鑑み船員制度近代化に参画すること。

〈3〉 被申立人は、過去の経緯に拘泥しないこと。

関東船地労が当初提案した本件和解〈2〉の条項案は、「参画」ではなく、「協力」であった。この提案に対し、船通労が「協力」は受け入れられないとして「参画」という文字に変えることを申し出、これを中小労協側が了承して、本件和解〈2〉の条項が成立した。その際、参画の意味・内容について船通労、中小労協が問題にしたことはなく、意味・内容について明確な取り決めはされなかった。

(五) 船通労は、本件和解成立後、直ちに中小労協に対しA実用船を含む近代化船一般の乗船勤務に関する労働条件の合意のため団体交渉の申入れを行い、近特委に代わるものとして船通労と中小労協との間に近交委が昭和六三年七月五日設置された。

船通労は、現段階の近代化船については全日海が締結したのと同じ内容の労働協約・確認書を締結したい旨を伝えた。

これに対し、中小労協は、船通労が本件和解で定めた船員制度近代化への参画をしていないと主張して、団体交渉に応じなかった。

船通労は、中小労協の主張する参画の意味について中小労協に執拗に説明を求めたが、中小労協は右説明要求に対し曖昧な回答をするのみであった。

船通労は、中小労協の示唆により近代化委に船員制度近代化に参画する旨の文書を提出したが、近代化委は、近代化船への配乗は労使間の問題であり、近代化委の関知する事項ではないことを船通労に伝えた。

船通労は、その後も、参画の意味について中小労協に説明を求めたが、中小労協は、船通労は船員制度近代化へ参画せよとの主張を繰り返すのみであった。

(六) 平成二年一月二三日船通労と中小労協との間で本件新協約が成立し、原告らは、A実用船を含む近代化船に配乗されうる状態となった。

なお、原告らは、本件和解成立後、訴外会社に対し、個別交渉によるA実用船等近代化船への配乗を改めて申し出ていない。

(七) 船通労所属通信士の数は、昭和五七年当時一〇〇五名であったが、五八年九〇五名、五九年八〇九名、六〇年六七一名、六一年六〇七名、六二年四一八名、六三年二三二名、平成元年一七二名、平成二年一三五名と漸次減少し、訴外会社においても昭和五七年一九名であったが、五八年一八名、五九年一〇名、六〇年四名、六二年以降三名となっている。

右減少の原因は、不況ないし近代化船の導入などによる新規採用の抑制及び退職・転職等にも原因があるが、昭和五八年以降の減少は船通労所属通信士が近代化船に乗船するためにやむなく全日海に移籍した事情が大きく寄与している。

5  不当労働行為の成否

(一) 本件和解は、船通労及び中小労協双方が本件和解成立前の経緯は問題にせず、本件和解後、船員制度近代化及びA実用船への配乗について交渉することを内容としているから、本件和解の趣旨に照らせば、この和解成立時点において、船通労の訴外会社に対するA実用船を含む近代化船労働協約締結に関する団体交渉の拒否及び配乗差別を理由とする不当労働行為救済申立は、一旦、すべて解決したものとする旨の合意が当事者間に成立したものと解される。

そして、船通労所属通信士たる原告らは、本件和解内容を尊重・遵守すべきであるから、本件和解前の配乗差別を理由とする原告らの不当労働行為救済の申立は、本件和解の趣旨に照らし許されないものと解するのが相当である。

(二) 次に、本件和解後の配乗差別を理由とする不当労働行為救済の申立について検討する。

前記3において判示したことに照らせば、中小労協加盟各社が船通労所属通信士を近代化船に配乗するには、原則として船通労と中小労協との間に近代化船に関する労働協約の締結が必要であると解するのが相当である。

しかしながら、労働協約が成立しないことが使用者側の責によるなど、そもそも労働協約の成立を前提とすることが不当と認められる特段の事情がある場合には、労働協約の成立は必要ではないものと解するのが相当である。

(三) 本件和解後、船通労は、近代化船一般の乗船について団体交渉の申入れを行ったところ、中小労協は、船通労の申出に対し、船通労が本件和解で定められた船員制度近代化への参画をしておらず、近代化船に関する労働協約の締結はできないと主張して団体交渉が進展せず、本件申立後の平成二年一月二三日に至って本件新協約が成立したことは前記4(五)、(六)の認定のとおりである。

そこで、中小労協が主張する参画要求の主張について検討する。

(1) 前記4(五)において認定したところによれば、本件和解は、船通労が船員制度近代化へ参画することを定めているが、本件和解成立当時、参画の意味・内容について、中小労協、船通労との間で問題になったことはなく、意味・内容について明確な取決めはなされなかった。また、本件和解成立後の交渉において、船通労は、中小労協に対し、船員制度近代化への参画の意味・内容について説明を求めたが中小労協は、曖昧な回答をするのみであった。

(2) (人証略)が、中小労協の交渉委員会の委員として本件和解成立後の中小労協、船通労との交渉に携わったことは当事者間に争いがないところ、(人証略)は、参画の意味について「近代化に取り組む姿勢」である旨証言している。

ところで、船通労は、前記4(五)において認定したとおり、本件和解成立後、近代化委に参画の意思を表明するとともに、A実用船を含む近代化船一般の乗船勤務に関して団体交渉を申入れ、全日海が締結したのと同じ内容の労働協約・確認書を締結したい旨を中小労協に伝えており、右事実からすれば、船通労は、船員制度近代化へ取り組む姿勢、態度を明確にしたものと解される。したがって、船通労は、本件和解成立直後から一貫して本件和解にいう船員制度近代化に参画すべく行動したものと認めるのが相当であり、中小労協として船通労が船員制度近代化に参画しないことを団体交渉の拒否理由とすることはできない。

(3) また、本件新協約の成立に際して参画問題がどのように解決されたのか本件全証拠に照らしても定かでない。(人証略)は、参画問題について、「参画問題は、最大の関心事であった。」と証言するが、他方、本件新協約の成立に際しての参画問題の解決について、「参画問題がどういう風に解決されたのか記憶にない。」旨証言するのみである。却って、先に認定したとおり、船通労が本件和解成立後本件新協約の成立まで船員制度近代化に対する態度を殆ど変更していないのであるから、中小労協は、船通労の参画を問題にせずに本件新協約を締結したことを推認させる。

そして、他に中小労協の団体交渉拒否を正当化しうる事由については主張・立証がない。

そうすると、中小労協において、船通労が近代化船に関する全日海と同じ内容の労働協約ないし協定の締結を求める要求をしたのに対して、船通労が船員制度近代化に参画しないことを理由としてこれを拒否したことは、結局、船通労であることを理由として右協約ないし協定の締結を拒否したものといわざるを得ない。

(四) 以上によれば、中小労協が本件和解成立後船通労とのA実用船を含む近代化船に関する労働協約の締結交渉を誠実に行わず、右労働協約ないし協定を成立させなかったことは、中小労協の責によるものと認められるので、中小労協加盟各社による船通労所属通信士の近代化船への配乗につき、右労働協約の成立を前提とすることが不当と認められる特段の事情があると解すべきである。

なお、被告は、船通労が異種労働を認めることも労働協約の交渉の前提であったと主張するが、前記認定のとおり通信長の共通技能化はC段階に入っても今後の課題とされていたし、船通労は本件和解成立後、近代化船一般に関して全日海と同じ内容の労働協約ないし協定の申出を行っており、ステップアップに必要な異種労働を受け入れる旨表明していたものと解されるから、被告の右主張は理由がない。

(五) 訴外会社海務部長郷が、訴外会社の船舶の管理・配乗を含めた海事関係、労務関係の責任者であり、近特委、近交委の中小労協側委員として、本件和解の前後を通じて本件新協約の成立に至るまで、中小労協と船通労との近代化船乗船に関する労働協約の交渉に携わってきたこと、又、中小労協所属各社には、組合ないし組合員と労働条件を交渉するため各社交渉委員会が設けられているが、訴外郷は、訴外会社交渉委員会の会社側委員を務め、訴外会社の船通労ないし船通労所属組合員との交渉に携わってきた者であることは当事者間に争いがない。

そして、前記立場にある訴外郷は、本件和解成立後、船通労が近代化に取り組む姿勢を示していたことを十分認識していたものとみられるから、中小労協が参画問題を持ち出して近代化船に関する労働協約ないし協定の締結を不当に拒否した事情を十分に知悉していたものと推認され、結局、訴外会社が労働協約の不存在を理由として原告らをA実用船等の近代化船へ配乗しなかったのは、原告らが船通労所属組合員であることを理由とする差別であり、不当労働行為意思を以て行ったものと解するのが相当である。

したがって、訴外会社が、本件和解成立(昭和六三年三月五日)直後から本件新協約成立(平成二年一月二三日)まで、原告らをA実用船等近代化船へ配乗しなかった行為は不当労働行為に該当するものであり、これらの行為を不当労働行為に該当しないとの認定のもとに原告の申立を棄却した本件命令は違法である。

(手続上の違法について)

原告らは、不当労働行為審査の審問手続における弁論主義違反を主張するところ、右審問手続においては、労使の当事者対立構造をとっており、制度上、弁論主義が妥当する場といえるけれども、厳格な弁論主義によることについては法律上の根拠はないうえ、労働委員会制度の目的、趣旨に照らして妥当ではない(労働組合法二七条三項参照)のみならず、本件申立においては、本件和解、中小労協と船通労との協約問題及びこれらに関連する事項はその結論を導くうえで極めて重要な事柄であって、本件審問の課程で明らかにされているから、被告が本件申立の結論を出すに当たってこれらの事実を考慮したからといって違法とはいえないし、原告らに対し不意打ちに当たるような審理を行ったと認め得る証拠もない。

そうすると、この点についての原告らの主張は理由がない。

(まとめ)

以上のとおりであるから、原告らの請求は、本件命令のうち本件和解が成立した翌日である昭和六三年三月六日から本件新協約が成立した平成二年一月二三日までの間の不当労働行為の救済申立を棄却した部分の取消を求める限度で、前記認定のとおりいずれも理由があるので、本件命令中の右部分は取消されるべきものである。

よって、主文第一ないし三項のとおり判決する。なお、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条を適用する。

(裁判長裁判官 長谷喜仁 裁判官 菅野雅之 裁判官 野村明弘)

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